シングルライフ

60代一人暮らしの部屋探し:年齢を理由に断られないために準備したこと

63歳、独身、子どもなし。そして今年、20年続けた介護士の仕事を辞めたばかり。この3つを不動産屋さんに伝えると、わたしが最初に行った3軒では、どの担当者も一度だまりこみました。

「この年で、もう部屋は借りられないのかもしれない」と本気で心配して、夜中の2時をすぎても眠れなかった日が何度かありました。

それでも、断られる理由を店長さんから聞き出し、それに合った準備をしたところ、探し始めてから4か月で、南向きの1階の部屋を借りることができました。この記事では、そのときに用意した紙やお金、失敗したことを、なるべくそのまま書いています。

わたしのこれまでと、部屋探しを始めたわけ

当初わたしは、63歳でも家賃を下げた部屋ならすぐに見つかると思っていました。東京と神奈川で引っこしたときは、どれも2〜3週間で決まったからです。実際にやってみると、「年齢」と「無職」の2つが重なるだけで、部屋を見せてもらう前段階で話が止まってしまうことを、最初の約1か月で思い知らされました。

住む場所を何度も変えてきた

わたしは福井市で生まれ、20歳まで実家で育ちました。20歳のとき、長野県の山奥にある白骨温泉で8か月アルバイトをしました。冬は雪にかこまれ、旅館の賄い部屋でほかの若いスタッフと寝起きした日々は、今でもよく思い出します。

いったん福井に戻りましたが、閉塞感のある田舎に耐え切れず、もう一度家を飛び出しました。それから43歳まで、東京と神奈川で暮らしました。その23年の間に4回引っこしをしたので、部屋を借りる手続きには慣れているつもりでした。ただ、そのころは20代から40代で、仕事もしていました。

43歳で福井の実家に戻り、三国町の特別養護老人ホームで14年間、介護士として働きました。57歳で大阪市に移ってからは、訪問介護のヘルパーを6年続け、63歳で退職しました。

家族のこと

結婚はしておらず、子どももいません。父は10年前に亡くなり、母は今、福井の実家近くの特養で暮らしています。1つ下の妹は実家の近くに嫁ぎ、2人の子どもを育て、今では孫も2人います。妹とは月に1〜2回電話で話しますが、家族はみんな福井にいて、大阪で何かあったときにすぐ来られる人はいません。

家賃を下げたかった

それまでの部屋は、家賃と共益費で月5万3千円でした。65歳で年金が出るまでは貯金で暮らすので、少しでも安い部屋に移ろうと決めました。

断られる理由を不動産屋さんに聞いてみた

最初は、断られるのは年齢のせいだと思いこんでいました。白髪をそめて若く見せようかと、ドラッグストアで白髪ぞめの箱を手に取ったこともあります。今思えば、まったくの的はずれでした。

3軒続けて返事がなかったあと、4軒目に入ったのは、商店街のはしにある小さな不動産屋さんでした。50代くらいの店長さんに、思いきって「わたしみたいな人は、なぜ断られるんでしょうか」と聞いてみました。店長さんは少し考えてから、大家さんの本音を教えてくれました。

大家さんの3つの不安

  1. 家賃が毎月きちんと入ってくるか
  2. 部屋の中で倒れた時、誰が気づいてくれるか
  3. 亡くなった後、家具や荷物の片づけと部屋の契約終了手続きを誰に頼めばいいか

「年齢の不安ではなく、何かあったときの連絡先と段取りが見えないのが不安です」とのことでした。

家族が遠い独身の人で止まりやすい

部屋を借りている人が亡くなっても、契約はそれで終わりにはなりません。普通は、後を引き継ぐ家族が解約や片づけをします。結婚していなく、ご子息がいない人の場合、後を継ぐ順番は親が先になります。わたしの場合、それは特養にいる母です。特養で暮らす母が、大阪まで来て解約や片づけをすることは不可能です。

店長さんの話を聞いて、わたしが断られていたのは「63歳だから」ではなく、この3つに答えを準備していなかったからだと判明しました。

給料も年金もない2年間をどう説明したか

実際にやってみると、お金の紙を1枚作るのに3日かかりました。家計簿をつける習慣がなかったので、まず過去3か月分のレシートと電気・ガス・水道の明細を集め、電卓で1つずつ足しました。光熱費は思っていたより月2,000円ほど多く、自分の暮らしを数字で見直すきっかけにもなりました。

わたしの年代の男性は、年金をもらえるのが原則65歳からです。63歳で仕事を辞めたわたしには約2年間、毎月入ってくるお金がなく、申しこみ用紙の「年収」の欄は空っぽでした。店長さんから「給料がなくても、貯金の額で審査する保証会社がある」と聞き、通帳のコピーとねんきん定期便(65歳からの年金の見こみ額がのっているはがき)を使って説明することにしました。

お金の流れを紙1枚にした

A4の紙を横にして、まん中に線を引きました。左がわは「65歳まで」、右がわは「65歳から」です。

左がわには、1か月に出ていくお金を書きました。家賃と共益費4万円、食費3万5千円、電気・ガス・水道1万円、電話代5千円、病院代3千円などで、月約10万5千円。2年分で約252万円で、「この金額は今の貯金で払えます」と書きそえました。右がわには、ねんきん定期便の見こみ額の月約10万円を書き、足りない分は貯金から出す計算にしました。

A4横 の紙で、お金の流れを紙1枚にしました。

年金を早くもらう方法も調べた

年金は、60歳から前倒しで受け取る「繰上げ受給」という方法もあります。ただし、1か月早めるごとに金額が0.4%ずつへり、63歳から受け取ると、一生ずっと9.6%少なくなります。わたしは貯金でつないで、65歳から受け取ることにしました。この考えも紙のすみに書いておいたところ、店長さんは「先のことまで説明できる人は、大家さんも安心します」と言ってくれました。

保証人と緊急連絡先の準備

最初は、妹に何かをたのむこと自体に気が引けていました。20歳で家を飛び出してから、福井の家のことは妹に任せることが多く、今も母の特養の面会は、ほとんど妹が行ってくれています。電話をかけるまでに3日迷い、孫たちが帰ったあとの日曜日の夜8時すぎを選んで、ようやくかけました。

部屋探しのために準備した通帳・定期便・メモ

保証人は保証会社にたのんだ

忙しい妹に、家賃のかわりを払う約束までは頼めません。そこで「家賃保証会社」を使いました。わたしが使った会社は、はじめに家賃と共益費の半分の2万円、そのあとは1年ごとに1万円です。契約の前に、保証の範囲、更新料、家賃が遅れたときの連絡のしかたの3つを、説明の紙で確かめました。

緊急連絡先は妹に電話で頼んだ

緊急連絡先は、保証人と違ってお金を払う必要がなく、わたしと連絡が取れないときや入院したときに知らせを受けるだけの役目です。そう説明すると、妹は「知らせを受けるだけなら、いいよ」と言ってくれました。妹の住所と携帯番号、連絡がつきやすい時間をメモにして財布に入れ、申しこみのたびに見ながら書きました。

近くで見てくれる人も探した

ただ、福井から大阪までは、北陸新幹線とサンダーバードを敦賀駅で乗りかえて約2時間かかります。何かあっても、妹がすぐに駆けつけられるわけではありません。そこで区役所に相談したところ、住まいさがしに困っている人を手伝う『居住支援法人」という団体を教えてもらいました。都道府県が指定している団体で、部屋さがしへの付きそいや、入居したあとの見守りもしてくれます。

北陸新幹線とサンダーバードを敦賀駅で乗りかえ

北陸新幹線とサンダーバードを敦賀駅で乗りかえ

見守りと「もしものとき」の準備

実際にやってみると、見守りの説明の紙を1枚つけただけで、不動産屋さんの返事が変わりました。それまでは「大家さんに聞いてみます」だったのが、「この内容なら大家さんに話を通しやすいです」と言われるようになったのです。

母の特養さがしで学んだこと

母が特養に入るとき、わたしは家族として施設を見学し、「夜中はだれが見回るのですか」と何度も聞きました。職員の数が昼より少ない夜中こそ、転倒に気づくのが遅れやすいと、仕事で知っていたからです。今度は自分が、大家さんにその答えを出す番だと思いました。

見守りは「人が来てくれる」ものを選んだ

見守りの仕組は3つ選択肢がありました。

  1. 毎朝の電話にボタンで答えるもの
  2. 電気の使い方の変化で知らせるもの
  3. 人が様子を見に来てくれるもの妹が遠くにいるので、知らせが届くだけでは足りないと考え、連絡が取れないときに居住支援法人の担当者が部屋まで来て、妹にも知らせが行くしくみにしました。費用は月2,200円で、週1回の電話と月1回の訪問がついています。

亡くなったあとの片づけも先に考えた

国土交通省と法務省は2021年に、借りた人が亡くなったあとの荷物の処分を事前に、誰かに任せておく契約の見本(「残置物の処理等に関するモデル契約条項」)を出しています。家族が手続きしにくい場合は、居住支援法人などが引き受けることもできます。わたしは店長さんにこの見本のことを話し、「大家さんがのぞむなら、この形で契約します」と伝えました。自分が死んだあとの話は気が重かったのですが、言葉にしてみると、むしろ気持ちが軽くなりました。

不動産屋さん選びと電話の伝え方

わたしの場合は、電話で読みあげるメモを5回書き直しました。最初のメモは400字近くあり、読むのに2分以上かかって、途中で相手に話をさえぎられてしまったからです。最後は今の形まで短くし、1分以内で言い終わるよう、家で時計を見ながら3回練習してから電話をかけました。

地元のお店のほうが話が早かった

4か月でわたしが話をした不動産屋さんは7軒です。駅前にある全国チェーンのお店3軒は、どこも返事待ちのまま終わりました。話が進んだのは、地元で長くやっているお店2軒と、居住支援法人から紹介されたお店2軒でした。地元の2軒は、どちらも大家さんと直接電話でやりとりしていて、「あそこの大家さんは年配の人も歓迎ですよ」と、その場で教えてくれました。

最初の電話で、先に全部伝える

はじめの3軒では、年齢や無職のことをお店に着いてから話していました。すると2〜3時間物件を見て回ったあとで「やっぱりむずかしいですね」と言われ、くたくたで帰るだけでした。そこで、電話の最初に次のメモを読むことにしました。

「63歳の独身で、一人で住みます。今年、20年続けた介護の仕事を退職しました。65歳までの家賃と生活費は貯金で払えることを、通帳と計算の紙で説明できます。保証会社を使います。緊急連絡先は福井の妹で、居住支援法人の見守りも使う予定です。家賃は共益費こみで4万2千円までで考えています。」

こう話すと、相談に乗れるお店とむずかしいお店が、電話だけでわかれました。むだな外出がへり、電車代も助かりました。

部屋を決めるときに見たところ

最初は、とにかく家賃の安さで選ぼうと思っていました。ところが、57歳で大阪に来たときに住んだ部屋は、駅からの近さだけで決めたため、ベランダが北向きでした。冬は洗濯物がかわかず、コインランドリーに月1,000円ほど使っていました。その失敗があったので、今回は日当たりを外せない条件にしました。

70代の自分を思いうかべる

わたしは「足が弱くなった70代の自分でも、ここで暮らせるか」を考えながら部屋を見ました。

  • 1階か、エレベーターがある建物
  • 玄関や部屋の中に、つまずきそうな段差が少ない
  • おふろとトイレが別で、手すりを付けてもいいと大家さんが言ってくれる
  • 南か東に窓があり、冬の昼間に電気をつけなくても部屋が明るい
  • スーパーと内科の病院まで、歩いて10分以内

特養や訪問介護の仕事で、玄関のちょっとした段差や、高いふちのあるおふろで転んでしまうお年寄りを何人も見てきました。そのせいか、内見ではまず足もとと、おふろの入り口の高さを見るくせがついていました。

安くても見送った部屋

家賃3万6千円の部屋がありました。予算より安く、広さも十分です。でも、3階なのにエレベーターがありません。内見の帰りに、2リットルの水を2本入れたふくろを持って階段を上り下りしてみると、2回目でひざがいたくなりました。毎日の買い物を考えて、この部屋はやめました。

引っこしにかかったお金

最後に決めた部屋(家賃3万8千円・共益費2千円)で、実際にかかったお金は次のとおりです。

項目 金額
敷金(家賃1か月分) 38,000円
仲介手数料 41,800円
保証会社に最初に払うお金 20,000円
火災保険(2年分) 16,000円
鍵の交換代 16,500円
最初の月の家賃と共益費 40,000円
引っこし業者(大阪市内) 45,000円
カーテンや照明など 22,000円
合計 239,300円

家賃と共益費の約6か月分です。このお金は、さがしはじめる前に生活費とは別の口座に分けておきました。

体験談:4か月かけて見つけた南向きの部屋

ふり返ると、さがしはじめてから契約までちょうど4か月、その間に不動産屋さんや区役所へ出かけた回数は20回をこえました。ここでは、その中で特に心に残っている場面を書きます。

準備をやり直したころ

4軒目のお店で店長さんの話を聞いてから、約2週間かけて紙をそろえました。その翌週に妹から緊急連絡先の返事をもらい、区役所で居住支援法人を紹介してもらいました。電話での伝え方を変えてからは、話をした4軒すべてで、少なくとも1つは部屋を紹介してもらえました。

審査に落ちた日

家賃3万9千円・共益費2千円の、エレベーターのある2階の部屋に申しこみましたが、最初の保証会社の審査に通りませんでした。理由は教えてもらえません。店長さんが別の保証会社に出し直してくれて、そちらは通ったものの、その5日間でほかの人に決まっていました。くやしかったのですが、それからは最初からその会社に出してもらうよう、お店にたのみました。

大家さんに会えた日

審査に落ちてから約3週間後、居住支援法人から紹介されたお店から電話がありました。「60代や70代の一人暮らしの人が何人も住んでいる建物があります」。築30年、南向きの1階で、家賃3万8千円・共益費2千円の1Kです。スーパーまで歩いて4分、内科まで6分でした。

内見の日、大家さんご本人が来てくれました。60代くらいの女性です。わたしが20年介護の仕事をしてきたことを話すと、大家さんは「うちの母も今、デイサービスに通ってるんですよ」と笑い、見守りの説明の紙にも、ゆっくり目を通してくれました。申しこんでから5日後に審査が通り、その2週間後に契約をしました。

住みはじめてから

今の部屋に住んで2か月がたちました。となりの部屋の人とは、ごみ出しのときにあいさつをするようになりました。居住支援法人の担当の人とは、月に1回電話で話しています。家賃と共益費は前の部屋より月1万3千円安くなり、貯金のへり方もゆっくりになりました。駅前の3軒であきらめていたら、この部屋には出会えていなかったと思います。

一人暮らしの部屋

窓が大きく日中は明るい部屋

まとめ

最初は、60代の部屋探しは運しだいだと思っていました。実際にやってみると、準備をする前の約1か月で紹介してもらえた部屋は0件、準備をととのえたあとの約3か月では9件でした。同じわたしでも、用意したものによって結果がここまで変わることにおどろきました。

大家さんが心配していたのは年齢ではなく、「家賃」「たおれたとき」「亡くなったあと」の3つでした。わたしはそれぞれに、A4の紙と通帳、妹と居住支援法人の見守り、契約の見本で答えを用意しました。用意したものを、見直し用にならべておきます。

  • 貯金の通帳のコピー、ねんきん定期便、退職した年の源泉徴収票、住民票
  • 「65歳まで」と「65歳から」のお金を書いたA4の紙
  • 家賃と共益費の約6か月分の引っこし費用(わたしは約24万円)
  • 緊急連絡先を引き受けてくれた妹の連絡先メモ
  • 居住支援法人の見守りの説明の紙
  • 電話の最初に読みあげるメモ

これだけそろえても、審査に落ちることはあります。わたしも一度落ち込みました。そんなときは、お店の人に「次は何を足せばいいですか」と聞いてみてください。わたしは4軒目のお店でそう聞いたことで、居住支援法人と保証会社の選び方を知りました。家族が遠くに住んでいる方は、まず市区町村の窓口で、居住支援法人のことを聞くところから始めてみてはいかがでしょうか。

最後まで諦めず、頑張りましょう!きっと見つかります。

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