はじめに
定年を迎えてから、毎日の時間の流れが急にゆっくりになりました。
仕事をしていたころは、朝から夕方まで予定が詰まっていて、休みの日でさえ何かしらの用事がありましたが、退職してからは一気に空白が増えました。
最初のうちは「自由になった」と感じていたのですが、しばらくすると、その自由さが少し重たくなってきました。
朝起きても行く場所がない、誰かと話す機会も少ない、そんな日が続くと、気持ちが内側にこもりやすくなります。
そんなときに、私は地域の掲示板で見つけた小さな募集案内をきっかけに、ボランティアに参加するようになりました。
今振り返ると、この一歩が、生活のリズムも、人との関わり方も、大きく変えてくれたように思います 。
参加のきっかけ
最初に目に入ったのは、近所のスーパーの入口に貼られていた清掃活動の案内でした。
特別な立場や資格が必要なわけではなく、集合して街をきれいにするだけの活動です。
内容が分かりやすかったので、「これなら自分にもできるかもしれない」と感じました 。
その場で連絡先をメモし、帰宅してから申し込みました。
正直、電話をかける前は少し緊張しましたが、いざ話してみると対応はとても丁寧で、初めての人にも参加しやすい雰囲気がありました。
その後、集合場所や持ち物の説明を受け、初回は見学気分で参加しました。ここで「無理せず続けられるか」が大事だと分かったのも、私には大きな収穫でした 。
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清掃活動の朝
初めての清掃日は、朝から落ち着きませんでした。集合時間の少し前に着いたのですが、すでに数人が集まっていて、道具の確認をしていました。
学生さんもいれば、私と同世代の方もいて、思っていたよりずっと幅広い年代が参加していたのが印象的でした。
この活動では、町内会からお借りしたトングとごみ袋を使い、公園や遊歩道のごみを拾っていきます。
目についたのは、空き缶やペットボトル、細かなプラスチック片でした。普段は気にせず通り過ぎる場所でも、意識して見てみると、意外と多くのごみが落ちているものです。
2時間ほど歩き回ると、軽い運動にもなりますし、何より終わったあとのすっきりした気持ちが残りました。
ごみ袋がいっぱいになるたびに「今日はちゃんと役に立てた」と感じられ、家に帰る足取りまで少し軽くなりました。

話を聞く活動で気づいたこと
清掃活動に慣れてくると、今度は高齢者施設での傾聴ボランティアにも参加するようになりました。
月に1回、2時間ほど利用者さんと話をする活動です。体を動かすというより、人の話に耳を傾ける時間が中心になります 。
最初は、何を話せばいいのか分からず戸惑いました。ところが、相手の方の昔話を聞いているうちに、こちらから無理に話題を作らなくてもよいのだと分かってきました。
昔の仕事、家族との思い出、住んでいた町のことなど、話していただく内容はとても豊かでした。
ある利用者さんは、若い頃の仕事を誇らしげに語ってくれました。その表情がとても生き生きしていたので、私は聞き役に徹することの大切さをあらためて感じました。
自分が話すより、相手の人生を受けとめることに意味があるのだと知った時間でした 。

傾聴ボランティア
食事を支える場所で感じたこと
次に参加したのは、地域の子ども食堂でした。
調理や配膳、後片付けなどを手伝う活動で、こちらは人のにぎわいを強く感じる場所でした。
年代も立場も違う人が同じテーブルを囲むので、清掃活動や高齢者施設とはまた違った空気があります 。
印象に残っているのは、少し不安そうな顔をしていた中学生の男の子です。
最初はあまり会話が続かなかったのですが、玉ねぎの皮をむく作業を一緒にやってみようと声をかけたところ、少しずつ表情がやわらぎました。
包丁を持つ手はぎこちなかったものの、本人なりに頑張っているのが伝わってきました。
何度か顔を合わせるうちに、その子は自分から手伝いに来るようになり、最後には帰り際に「また来ます」と言ってくれるようになりました。
大げさかもしれませんが、こういう変化に立ち会えることが、ボランティアのやりがいなのだと思います。

こども食堂
災害支援で胸に残った場面
忘れられないのが、夏に参加した災害支援です。
隣県で大きな水害があり、3日間だけですが現地に入って片付けを手伝いました。
最初に受けたオリエンテーションでは、安全第一で動くこと、無理をしないことを何度も確認しました。
災害支援では、体力だけでなく、段取りや注意力も大切だと感じました 。
現地では、泥に浸かった家財や濡れたアルバムの片付けを行いました。
とくに心に残っているのは、80代のおばあさんのご自宅です。結婚式の写真が入ったアルバムが泥をかぶっていて、おばあさんはそれを見てしばらく黙っていました。
私たちは丁寧にページを開き、一枚ずつ洗いながら、少しでも元の姿に近づけるよう作業しました。ページの間には泥が入り込み、紙は重く、指先にはざらざらした感触が残りました。
それでも、写真の顔が見えてきたとき、おばあさんが小さく息をのんだのを聞いて、こちらまで胸が熱くなりました。
最後に「来てくれてありがとう」と言われたとき、ただ手を動かすだけではない、人の記憶を支える仕事なのだと実感しました。

災害ボランティア
活動で変わった生活の流れ
ボランティアを始めてから、毎日のリズムが少しずつ整いました。
活動の日は朝に予定があるので、自然と早起きになります。身支度をして外に出るだけでも、気持ちのスイッチが入るようになりました。
以前の私は、退職後の時間をうまく使えず、つい夜更かしをしてしまうことがありました。ですが、外で誰かと会う予定があると、前の日から食事や睡眠を意識します。
そうした小さな準備が、翌日の動きやすさにつながりました。
活動に出るようになると、歩く量や立っている時間も自然に増えます。
これは運動というほど立派なものではないかもしれませんが、家にいるだけの日とは体の疲れ方が違います。
半年ほど続けた頃、体重が少し減り、階段の上り下りも楽になっていました 。

人との距離が近くなった
ボランティアで得たものの中で、特に大きいのは人間関係です。
清掃活動では、近所の方と挨拶を交わす機会が増えましたし、子ども食堂では若い世代と自然に話せるようになりました。
高齢者施設では、自分より年上の方から人生の話を聞くこともできました 。
活動後に、お茶を飲みながら雑談をすることもあります。
最初は当たり障りのない話しかできなかったのに、何度も会ううちに、趣味や昔の仕事、家族のことまで話せるようになりました。
共通の目的があると、年齢差があっても会話は意外と広がるものです。
それまでの私は、退職後の人付き合いが減って少し寂しさを感じていました。
ところが今は、「来週また会える人」がいるだけで日常が変わります。
大きな友人関係ではなくても、ゆるく続くつながりがあることが、思っていた以上に心を支えてくれました。

無理なく続けるための工夫
ボランティアは良いことが多い反面、張り切りすぎると続きません。私が意識しているのは、最初から完璧を目指さないことです。
体調がすぐれない日は無理をしない、暑い日は短時間で切り上げる、そうした柔らかいルールを決めておくと気持ちが楽になります 。
それと、活動先の情報は必ず確認するようにしています。社会福祉協議会やボランティアセンターなど、信頼できる窓口から申し込むと安心です。
見知らぬ相手からの勧誘や、金銭のやり取りが絡む話は慎重に判断した方がよいと感じています 。
長く続けるには、「やる気」より「無理のなさ」が大切です。
週に1回でも、月に2回でも、自分に合ったペースで関わるほうが結果的に長続きします。
これからやってみたいこと
今は、今までの経験を地域に少しずつ返していけたらと考えています。
営業職だった頃の話や、人と接する中で身についたことを活かして、地域イベントの案内や簡単な運営補助にも興味があります。
また、英語の勉強も少しずつ再開しました。将来、観光客向けの案内や簡単なサポートができたら面白いと思っています。
学び直しとボランティアは、どちらも自分を動かす良い刺激になっています。
60代になると、もう新しいことは難しいと思う人もいるかもしれません。ですが、私の実感では逆でした。
むしろ今のほうが、自分に合うペースで新しい挑戦を選びやすいのです。
おわりに
ボランティアを始めてから、生活に張りが出て、人と関わる楽しさをあらためて感じるようになりました。
清掃活動の達成感、高齢者施設での会話、子ども食堂でのにぎやかさ、災害支援の重み。どれも、自分ひとりで家にいるだけでは得られなかった経験です 。
何より大きかったのは、「まだ自分にもできることがある」と思えたことでした。退職後の空白が、少しずつ役割のある時間に変わっていったのです。
もし今、何か始めてみたいと思っているなら、まずは地域の社会福祉協議会やボランティアセンターに問い合わせてみるところからで十分です。
小さな一歩でも、日常はしっかり変わっていきます 。

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