シングルライフ

60代一人暮らしの終活:エンディングノートを書き始めた私の記録

シングルライフ

こんにちは、ゴンタです。63歳、大阪市で一人暮らしをしています。

今年、6年間続けてきた介護ヘルパーの仕事をやめました。朝6時に起きて自転車で利用者さんの家を回る毎日が終わり、急に一日が長くなりました。そんなある日、テレビで「孤独死」のニュースを見て、「もし明日、自分が部屋で倒れたら、だれが何をしてくれるんだろう」と考えました。

私は一度も結婚をしたことがなく、子どももいません。通帳がどの引き出しにあるのか、どこの病院に通っているのか、だれに連絡してほしいのか。それを知っているのは私ひとりです。私が話せなくなれば、その情報はどこにも残りません。

そこで始めたのが「エンディングノート」です。この記事では、ノートを書き始めて2か月のあいだに、私が実際にやったこと、つまずいたこと、書いてよかったことを記録しました。

エンディングノートとはどんなノートか

エンディングノートは、自分にもしものことがあったときのために、自分の情報や希望を書いておくノートです。私が使っているノートには、次のような項目が並んでいます。

  • 名前、生年月日、本籍地、マイナンバーカードや保険証の置き場所
  • 家族、親せき、友人の連絡先
  • 銀行口座、保険、年金、毎月の引き落とし
  • 病気や介護が必要になったときの希望
  • お葬式やお墓についての希望
  • これまでの人生のふりかえり(自分史)
  • 大切な人へのメッセージ

注意したいのは、エンディングノートは遺言書とはちがうという点です。遺言書は法律で書き方が決められていて、財産をだれにわたすかを正式に決めるものです。エンディングノートには法律上の力はありません。財産のわけ方をきちんと決めたい場合は、別に遺言書を用意する必要があります。

そのかわり、エンディングノートには決まった書き方がありません。どのページから書いてもよく、何度でも書き直せます。

介護の現場で見た「書いていた人」と「書いていなかった人」

私がノートを書こうと決めた一番の理由は、介護の仕事で見てきた光景です。

43歳で福井の実家に戻ってから57歳まで、私は三国町の特別養護老人ホームで14年間働きました。その後、大阪で6年間、介護ヘルパーとしてお年寄りの家を回りました。合わせて20年、たくさんの利用者さんとご家族に出会いました。

特養で働いていたころ、夜中に脳の病気でたおれ、話ができなくなった男性の利用者さんがいました。かけつけた息子さんは、病院で「延命の治療をどうしますか」と聞かれ、答えられずに廊下で頭をかかえていました。数日後には「父がどこの銀行を使っていたのかもわからない」と、ホームの職員に相談に来られました。

一方、大阪でヘルパーとして通っていた80代の女性は、台所の引き出しに一冊のノートを入れていました。「わたしに何かあったら、これを娘に見せてね」と、私にも置き場所を教えてくれていました。その方が入院されたとき、娘さんはノートを見ながら、保険の手続きや、お母さんが望んでいた施設さがしを進めることができたそうです。

家族がいる人でも、何も残していないと周りが困ります。一人暮らしの私が何も書かずにいたら、遠く福井に住む妹がもっと困ることになります。これが、ノートを書き始めた理由です。

書きはじめる前にやった準備

ノートは項目が印刷されたものを買った

近所の本屋さんで、1,000円ほどの市販のエンディングノートを買いました。書く項目があらかじめ印刷されているので、空いているところをうめていくだけで形になります。ふつうの大学ノートでも書けますが、項目を一から考えるのは私には難しかったので、市販のものにしました。

家じゅうの書類を一つの箱に集めた

書く前に、家の中の書類をみかん箱ひとつに集めました。出てきたのは次のようなものです。

  • 銀行と郵便局の通帳あわせて3冊
  • 年金の書類と、ねんきん定期便
  • 医療保険の証書
  • 内科と歯医者の診察券、お薬手帳
  • スマートフォンと光回線の契約書
  • 部屋の賃貸契約書

台所の引き出し、本棚のすき間、押し入れの紙ぶくろなど、あちこちから出てきました。全部そろうまでに、まる一日かかりました。それでも、これを先にやったおかげで、ノートを書くときに書類をさがし回らずにすみました。

書きはじめて最初につまずいたこと

お葬式のページで手が止まった

最初は1ページ目から順番に書こうとしました。ところが、お葬式とお墓のページに来たところで手が止まりました。自分がいなくなったあとのことを考えると気持ちが重くなり、ペンを持ったまま30分ほど何も書けませんでした。

そこで、書く順番を変えました。名前や住所、通帳の置き場所など、事実を書くだけのページを先にうめ、気持ちを考えるページは最後に回しました。

一日でやろうとして続かなかった

最初の日は、2時間かけて一気に書こうとしました。終わるころには頭がぼんやりして、次の日はノートを開く気になれませんでした。

それからは「朝のコーヒーを飲む15分間で1ページ」と決めています。この方法にしてから、2か月でノートの半分ほどをうめることができました。

書いてよかったと感じた項目

連絡してほしい人のリスト

私に何かあったときに知らせてほしい人を、5人書きました。福井に住む1つちがいの妹、特養時代の同僚、大阪で知り合った友人、部屋の大家さん、かかりつけの内科です。

書いていて気づいたのは、この人たちの電話番号を、私はスマートフォンの中にしか入れていなかったことです。ロックがかかったスマートフォンは、ほかの人には開けません。紙に書き写したことで、ようやく「だれでも見られる連絡先」になりました。

お金と契約の一覧

口座のある銀行名、保険会社の名前、毎月の引き落としを一覧にしました。暗証番号やパスワードはノートに書いていません。ノートをなくしたり、だれかに見られたりすると悪用されるおそれがあるからです。書いたのは「通帳は寝室のたんすの2段目」のような置き場所だけです。

一覧を作ってみると、何年も前にスマートフォンを買ったときにつけた、月500円ほどのオプションが残っていました。一度も使っていなかったので、その週のうちに解約しました。

病気や介護についての希望

話せなくなったときに延命の治療を望むかどうか、介護が必要になったらどこでくらしたいかを書きました。

特養で14年働いた経験から、施設に入ると食事やお風呂の時間が決まっていること、そのかわり夜中でも職員がいる安心があることを知っています。それをふまえて、「一人で生活できなくなったら、施設に入りたい」と書きました。考えは変わるかもしれないので、書いた日付もそえています。

お葬式とお墓の希望

最後に回していたこのページも、先月書き終えました。お葬式は家族だけの小さなものでよいこと、知らせてほしい人、福井の家のお墓に入りたいかどうかを書きました。お墓のことは私ひとりでは決められないので、「妹と相談したい」とも書きそえました。

自分史のページで思い出した若いころのこと

ノートには「自分史」のページもあります。年れいごとに、どこに住んで何をしていたかを書く欄です。書いてみると、忘れていたことが次々と出てきました。

20歳まで、私は福井市の実家で育ちました。20歳のとき、長野県の白骨温泉の旅館で8か月住みこみのアルバイトをしました。山の中の温泉地で、冬は雪かきばかりしていたことを思い出しました。

いったん福井に戻りましたが、どうしても都会で働きたくて、親に反対されながら家を飛び出しました。それから43歳まで、東京と神奈川で20年以上くらしました。

43歳で福井に戻ってからは、三国町の特養で介護の仕事を始め、57歳で大阪に移りました。こうして書き出すと、住んだ場所は長野、東京、神奈川、福井、大阪と5か所になります。

自分史を書いて気づいたのは、家族も私の若いころをほとんど知らないということです。家を飛び出していた20年あまりのことは、妹にもくわしく話したことがありません。このページは、私という人間を家族に知ってもらうための記録にもなると感じています。

体験談:福井の母と妹のことを考えながら書いた夜

ノートの中で一番時間がかかったのは、家族のページでした。

父は10年前に亡くなりました。母は今、福井の実家の近くにある特養に入っています。その母を見に行ってくれているのは、実家の近くに嫁いだ1つ年下の妹です。妹は2人の子どもを育て、今では孫が2人います。

家族のページに母と妹の名前を書いているとき、ふと考えました。私が大阪の部屋で先にたおれたら、知らせを受けるのは妹です。妹は自分の家族の世話をしながら、母の面会にも通っています。そこに私の後片づけまで加わったら、大きな負担になります。

その夜、妹に電話をかけ、エンディングノートを書き始めたことを伝えました。妹は最初「急にどうしたの、具合でも悪いの」と心配しました。介護の仕事で見てきたことを話すと、「それなら書いてくれたほうが私も助かるわ」と言ってくれました。

そのとき、ノートは寝室のたんすの一番上に置いておくこと、大家さんの連絡先もそこに書いてあることを伝えました。妹は電話のそばのメモ帳に書き取ってくれたそうです。

電話を切ったあと、ノートの最後のページに妹へのメッセージを書きました。中身はここには書きませんが、家を飛び出していたあいだ、両親のことをまかせきりにしていたことへのおわびとお礼です。面と向かっては言えなかったことを、ようやく文字にできました。

続けるために決めたこと

エンディングノートは、一度書いて終わりではありません。私は次の3つを決めています。

  • 毎年、自分の誕生日にノート全体を読み返す
  • 引っこし、病院の変更、連絡先の変更があったら、その週のうちに書き直す
  • 書き直すときは古い内容に線を引き、横に新しい内容と日付を書く

日付を残しておくと、どれが新しい情報なのか、読む人にもすぐわかります。

まとめ

エンディングノートを書き始めて2か月がたちました。やってよかったことは、次の3つです。

  • 家じゅうの書類をみかん箱ひとつに集めた
    自分の持ち物と契約がはっきりした。使っていなかった月500円の契約も、このとき見つかった。
  • 連絡先を紙に書き写した
    スマートフォンが開けなくても、だれに知らせればよいかがわかるようになった。
  • 妹にノートの置き場所を電話で伝えた
    どれだけ書いても、見つけてもらえなければ役に立たないため。

ノートを書く時間は、さびしいものではありませんでした。白骨温泉で雪かきをしていた20歳のころから、特養で働いた14年間まで、自分の人生をふりかえる時間になりました。

私のノートは、まだ半分ほどしかうまっていません。これからも朝の15分を使って、少しずつ書き進めていくつもりです。

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