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60代からのスマホ活用術:ガラケーから乗り換えた私の使いこなし

シングルライフ

はじめに

こんにちは、ゴンタです。1963年生まれの63歳で、大阪市の部屋に一人で暮らしています。介護の仕事は43歳から63歳まで、ちょうど20年続けました。前半の14年は福井県三国町の特別養護老人ホーム、後半の6年は大阪で介護ヘルパーです。仕事をやめたのは2026年3月でした。

長いあいだ、私の相棒は折りたたみ式のガラケーでした。電話とメールしか使わず、ボタンを押すたびに指に返ってくる「カチッ」という感触が気に入っていました。

そのガラケーを、2026年の夏にスマホへ替えました。替えた直後は、妹へのメール一通に汗だくになっていたほどです。約3か月たった今では、家族への連絡、買い物メモ、道案内まで、1日に何度もスマホを手に取っています。

最初は「63歳の自分に覚えられるはずがない」と思っていました。ところが実際にやってみると、つまずいたのは最初の1週間に集中していて、そこを越えると少しずつ楽になりました。この記事では、そのつまずきと、乗り越えるまでの工夫を、失敗もふくめて書いていきます。

懐かしのガラケー

ガラケーを手放せなかった理由

つるつるの画面がこわかった

スマホを避けていた本当の理由は、怖さでした。

ガラケーなら、電話は緑のボタン、切るのは赤のボタンと、指の行き先が決まっています。スマホの画面には何もでっぱりがなく、どこに触れると何が起こるのか、見当がつきません。うっかり押した先で、お金のかかる何かに申し込んでしまうのではないか。そう考えると、手が出ませんでした。

施設の面会室で見ていた光景

三国町の施設にいたころ、面会室でよく見かけた光景があります。ご家族がスマホの画面を指で広げて、お孫さんの運動会の写真を利用者さんに見せているのです。利用者さんは画面に顔を近づけて「大きなったなあ」と目を細めていました。

私の場合は、その様子を横で見ながら「便利なもんやな」と感心するだけでした。勤務中はガラケーをロッカーに入れっぱなしで、昼休みの約1時間に電話とメールを確かめれば用が足りていたからです。自分で持つ理由が見つからないまま、何年も過ぎていきました。

ガラケーで満足していた点

当時の私が、ガラケーで満足していた点を書き出してみます。

  • 充電は3日に1回でよかった
  • ボタンに手ごたえがあり、押しまちがいが少なかった
  • 台所の床に少なくとも3回は落としたが、壊れなかった
  • 月々の支払いが、スマホのプランより安かった

こうした点を思い浮かべては、「まだ困っていない」と自分を納得させていました。

スマホに乗り換えたきっかけ

封筒で届いた母の写真

乗り換えを決めたいちばんの理由は、妹です。

妹は福井の実家の近くに嫁ぎ、母が入っている特別養護老人ホームへ、月に2回ほど面会に通ってくれています。母の様子は、いつも妹からの電話で知っていました。

ある晩、妹が電話で「かあちゃんの写真、LINEで送るわ」と言いました。「ガラケーやから見られへん」と返すと、電話の向こうが3秒ほど静かになりました。それから約1週間後、印刷した写真が3枚、封筒に入って届きました。

二人の子どもを育てあげ、今は孫2人の世話も手伝っている妹です。その妹に、写真を印刷し、封筒に入れ、郵便局へ出しに行く手間をかけさせてしまいました。写真の母は施設の食堂で笑っていて、うれしさと申しわけなさが半分ずつ胸に残りました。

汗だくの部屋さがし

2つ目のきっかけは、2026年の夏の部屋さがしです。

不動産屋さんで「部屋の写真はスマホで見られますよ」と言われても、ガラケーの私には見る手段がありません。印刷してもらった地図だけをたよりに、物件まで歩いて向かいました。

最初は「地図があれば何とかなる」と思っていましたが、交差点で地図の上下と自分の向きが合わなくなり、同じ通りを2往復しました。気温が35度を超えた日で、着いたころにはシャツが背中にはりついていました。60代で部屋をさがすときの苦労は、

60代一人暮らしの部屋探し:年齢を理由に断られないために準備したこと

にくわしく書いています。

電池の相談に行った日

ガラケーの電池が1日もたなくなり、携帯電話のお店へ相談に行きました。店員さんの話では、私の機種はかなり古く、これから使えるサービスが減っていくとのことでした。どうせ替えるなら、慌てなくて済む今のうちに。そう決めて、約1時間かけて機種を選び、その日のうちに契約しました。

最初の1週間でつまずいたこと

20分かかったメール

いちばん苦労したのは文字入力です。

店員さんから、スマホでもガラケーと同じように「あ」を何度か押して文字を選ぶ打ち方ができると教わりました。ところが、画面を押す力加減がつかめません。「す」を打ちたいのに「すす」になったり、となりの「せ」に指がずれたりします。妹への「スマホにしたよ」という一文に、20分かかりました。

そこで試したのが、声で文字を入れる方法です。入力画面のマイクのマークを押して「今日は天気がええな」と話すと、大阪弁のままの文が画面に出てきて、思わず声を出して笑いました。今は長い文を声で入れ、まちがった字だけ指で直しています。この方法に変えてから、同じくらいの長さのメールが約3分で送れるようになりました。

電源を切ってばかりいた3日間

次の悩みは、指が少しふれただけで別の画面に変わってしまうことでした。

戻り方がわからず、最初の3日間は、困るたびに電源を切って入れ直していました。数えてみると、3日で10回以上です。お店で聞くと、私の機種では画面の下の端から上へ指をすべらせると最初の画面に戻れる、と教わりました。機種によってやり方はちがうそうです。「迷ったら下から上」と紙に書いて冷蔵庫に貼ってからは、電源を切ることがなくなりました。

夕方に半分を切る電池

ガラケーの感覚で使っていたら、夕方5時には電池が50%を切っていました。今は夜11時、寝る前に枕元で充電するのが決まりです。充電コードは、枕元と台所に1本ずつ置いています。

毎日使っているスマホの機能

いちばん大きな文字に設定

買ったその日に、店員さんにお願いして、文字の大きさをいちばん大きな設定にしてもらいました。60代に入ってから、新聞の小さな字を読むのに苦労していたからです。この設定のおかげで、老眼鏡をかけなくてもLINEの文が読めています。目のことについては、

60代から気になり始めた目の衰えと、見える喜びを守る毎日の工夫

で、ふだんの工夫を紹介しています。

LINEで届く福井の写真

スマホにして最初にしたことは、妹とLINEでつながることでした。

今では、妹が面会に行った日の夕方には、母の写真が届きます。妹の孫2人が公園の砂場で遊んでいる写真が届いた日は、寝るまでに10回は見返しました。

返事を打つ気力がないときは、「スタンプ」という絵をひとつ送ります。最初の1か月、私がスタンプばかり送っていたら、妹から「たまには字も書いて」と言われました。それ以来、「ありがとう、元気そうでよかった」くらいの短い文をそえるようにしています。

カメラは「なくさないメモ帳」

私の場合、カメラでいちばん多くとっているのは景色ではなく、紙です。

  • 病院の次の予約日が書かれた予約票
  • 近所のスーパーの特売チラシ
  • 電気とガスの検針票
  • よく乗る市バスの時刻表

10月に、病院の予約日を思い出せなくなったことがありました。予約票は引き出しのどこかに消えていましたが、写真が残っていたので30秒で確かめられました。

地図アプリで町を覚えた

部屋探しで道に迷った私には、地図アプリがいちばん助かっています。

行き先をマイクに向かって言うと、道順が表示されます。自分の場所が青い丸で示され、歩くと丸もついてくるので、交差点で向きを間違えることが減りました。引っ越して最初の2週間で、近くの郵便局と、歩いて約10分の図書館を、この地図で見つけました。

天気予報とアラーム

朝7時に起きたら、まず天気予報を確かめます。午後に雨の印があれば、折り畳み傘をかばんに入れて出かけます。

アラームは、朝と夜の薬の時間と、ゴミ出しの日の朝に鳴るようにしています。ガラケーのころはカレンダーに丸をつけていましたが、資源ゴミの日を月に1回は忘れていました。アラームにしてからの3か月で、出し忘れは1回だけです。

安心して使うために決めていること

あやしいメッセージに触らない

使い始めて約2週間後、「お荷物をお届けにあがりましたが、不在のため持ち帰りました」というメッセージが届きました。下には青い文字のアドレスがついています。荷物を頼んだ覚えはないのに、指がその文字に向かいかけました。

そこで思い出したのが、ヘルパーとして通っていたお宅で受けた相談です。「知らん人から電話があって、お金の話をされた」と、利用者さんが不安そうに話していました。私は文字を押さずにお店へ持っていき、個人の情報をだまし取ろうとする手口だと教わりました。電話でのあやしい出来事については、

60代一人暮らしの防犯:あやしい電話が来た日の話

に書いています。この出来事のあと、次の3つを自分のルールにしました。

  • 知らない相手からのメッセージの青い文字は押さない
  • 「お金」「当選」「至急」の言葉があれば、まず疑う
  • 自分で判断できないときは、押さずにお店か妹に聞く

パスワードはノート1冊に

スマホでは、パスワードを決める場面が思っていたより多く、この3か月で8つになりました。とても覚えきれないので、A5サイズのノート1冊にまとめて書き、机の引き出しにしまっています。スマホの中には書かず、ノートは家から持ち出さないことにしています。

夜9時でスマホをおしまいに

実際に使ってみると、スマホは時間を食います。引っ越して間もない8月のある晩、動画を見ていて気づけば夜中の1時でした。次の朝は目がしょぼしょぼして、新聞の見出しさえ読みにくい状態でした。

それからは夜9時になったら、スマホを台所の充電コードにつなぎ、寝室には持ちこまないようにしています。一人暮らしでは「もう寝なさい」と言ってくれる人がいないので、置き場所で区切りをつけることにしました。

お店の相談日に4回通った

買ったお店には、使い方を相談できる日がありました。この3か月で4回通い、画面の戻り方、声での文字入力、写真の送り方を教わりました。20代くらいの店員さんは、私が同じ質問を2回しても、手元を見せながらゆっくり説明してくれました。一人で30分悩んでいたことが、聞けば5分で片づいたこともあります。

体験談:はじめて母とビデオ通話をした日

乗り換えて約2か月たった、10月のある日曜日です。

朝10時ごろ、妹からLINEが届きました。「今からかあちゃんとこ行くけど、ビデオ通話してみる?」。顔を見ながら話せる電話のことです。やり方がわからないと返すと、「かかってきたら、カメラのマークを押すだけ」と返事が来ました。

10時半、スマホが鳴りました。言われたとおりにマークを押すと、画面に妹の顔、そのとなりに母の顔が映りました。

「お兄ちゃん、見えてる?」

妹の声のあと、母が画面の中で小さく手をふりました。春に会ったときより、ほおが少しこけたように見えました。「元気か」と聞くと、母は目を細めて、ゆっくりうなずきました。

大阪から福井までは、特急サンダーバードで敦賀まで行き、北陸新幹線に乗りかえて約2時間半です。往復の電車代もかかるため、ヘルパーをしていた6年間は、帰れても年に2、3回でした。その母の顔が、手のひらの中にありました。

通話は約10分で終わりました。そのあと私は、スマホをにぎったまま、15分ほど座りこんでいました。

三国町の施設には、遠くに住むご家族となかなか会えない利用者さんが何人もいました。ご家族から電話があった日は、その方の表情がやわらぎ、夕食を残さず食べていたのを覚えています。あのころの私は、つながりを見守る側でした。この日、はじめて自分が「つながる側」に立ったのだと感じました。

それ以来、妹が面会に行く日に合わせて、月に1、2回ビデオ通話をしています。電話で様子を聞くだけだったころに比べて、母のことを考えて眠れなくなる夜が減りました。

息子とのビデオ通話

まとめ

63歳でのガラケーからスマホへの乗り換えは、私にとって小さくない挑戦でした。最初の1週間は、メール1通に20分、電源の入れ直しが10回以上と、つまずきの連続でした。

最初は「この年で覚えられるわけがない」と思っていましたが、お店の相談日と妹の助けを借りながら、3か月でここまで来ました。私の生活が変わった点をまとめます。

  • 文字をいちばん大きくして、老眼鏡なしでLINEが読める
  • 声での入力で、メール1通が約3分になった
  • LINEとビデオ通話で、福井の母と妹の様子がわかる
  • 予約票やチラシを写真で残し、紙をなくしても困らない
  • 地図アプリで、引っ越し先の町を一人で歩ける

あわせて、あやしいメッセージは押さない、夜9時でスマホをおしまいにする、という自分なりのルールも作りました。

私の場合は、1か月目に電話とLINE、2か月目にカメラ、3か月目に地図と、ひと月にひとつずつ使える機能を増やしていきました。全部を一度に覚えようとしなかったのが、続けられた理由だと思っています。

スマホを持ってから、遠く福井にいる母の顔を、大阪の部屋で見られるようになりました。乗り換えを迷っている方にとって、63歳の私の3か月が、ひとつの参考になればうれしいです。

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